日本の和服・作務衣を専門に追求した「作務衣博物館」

日本の和服・作務衣を専門に追求した「作務衣博物館」は「作務衣の専門館『伝統芸術を着る会』」によって運営されているウェブサイトです。
カタログ和服こぼれ話

デニムの浪漫(2)


サージ織りがド・ニームへ、そしてデニムが生まれた。



ニーム市の博物館には、19世紀初頭の女性用の上着が残されていますが、それを見ると、インディゴブルーに染められた糸を表側に、無染色の糸を裏側に使って菱形模様を織り出したサージ生地で、それはまさにデニムそのもの。



このニーム産の綾織り生地を指す「サージ・ド・ニーム」の、産地を示す「ド・ニーム」が一人歩きして、デニムと呼ばれるようになったのです。



かつてのニームでは、毎日のように織物マーケットが開かれ、仲介業者が集めた品物を、ローヌ河に通じる運河で待ち受けている船に積み込んでジェノバへ送り出していました。



そしてジェノバ港からは大型の貨物船が仕立てられ、アメリカへ向けて、デニムは新天地へと向かう沢山の人々の夢と共に船出して行ったのです。



デニムが着るだけで人の心を弾ませるのは、そんなドラマが秘められているせいなのかも知れません。
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デニムの浪漫(1)



夢と共に大西洋を渡った生地。



陽光がオペラのような賛歌を振りまく。

風が鳥のような飛翔を誘う。

人々の歓声と笑顔が弾け、船はゆっくりとヨーロッパの岸を離れゆく。



一路、新天地アメリカを目指して――。



その夢と共にデニムも行く。

数え切れぬほどの希望を、その粗く温もりのある生地のひと織りに込めて。



やがてそのブルーは海と同化し、さざ波のように世界へと駆け、年齢も性別も時代をも越えて、人々を魅了し続ける。今も、未来も――。



デニムの故郷である南フランスの街“ニーム”



デニムの故郷、南フランスのラングドック地方に位置する街、ニーム。昔から水に恵まれた土地で、街の名前の意味も「南の泉」を意味しています。



農作物に適した地味豊かな平野。パリやリヨンなどの都市に通じる街路を持ち、地中海へと続く道を持っていたこの街は、経済的な発展を見せ、15世紀の興った繊維工業と結びつき、さらなる発展を遂げました。



18世紀になると街には織物学校も作られ、やがて産業革命の余波が伝わると、染織工程ばかりではなく、織りの工程にも分業制ができ、生産量はぐんと高まりました。



やがてニームは織物の街として栄え、その織物は、地元の市だけではなく、ついには新世界であるアメリカへ至るようになります。



アメリカへの輸出品であるブラックタイやカシミアのショールなどの商品に交じっていたのが、当時、ニームの市民が普段着にしていたサージ織りと呼ばれる粗い生地で、これが現在のデニムの原型だと言われています。

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カタログ和服こぼれ話

後継者問題 若き職人たちの挑戦


怖いもの知らずの感性が、新しい伝統を育てています。



“古き佳き装い”を現代に蘇らせる――これは、私ども「伝統芸術を着る会」が掲げた大きな目的のひとつです。そして、この目的は皆様のご支援のおかげで着々と成果を上げてまいりました。

しかし、そのことに全力を注ぐとき、待ち受けているのが、もうひとつの大きなテーマ――「次世代へ向けての新しい方向性」へのステップです。



若い芽を摘むことなく、大きく育てたい!



職人の世界で、今最も頭が痛いのは後継者の問題だといわれています。しかし、その芽がまったくないかというと、そうでもないのです。藍染や織物の面白さに目を止めた若者たちが、数こそ多くはありませんが、このところ増える傾向にあります。



彼らは、伝統的な技法を基本として学びながら、一方では、ベテラン職人の及びもつなかい感性や発想で新しいものに挑んでいます。



当会では、決してこの芽を摘むことなく育てていきたいと考えています。そして、機会あるごとに、彼らの作品を皆様にもご紹介していくつもりでおります。



そして今回、ご紹介できるレベルに発表させていただきます。武州の秋元さん(染師)、西ケ崎の七代目たち名人に、時代の変化を痛い程知らしめた若い職人たちの挑戦をお受けとめ下さい。

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高機能作務衣について


高機能に異論なし――会員の皆様の判定です。



伝統様式をきちんと守った作務衣、そして、今に生きながら新しい可能性を広げていく作務衣――私ども、「伝統芸術を着る会」では、作務衣には大きく分けてふたつの作務衣があると認識しています。



端的に言えば、前者は正藍染作務衣であり、後者はデニム作務衣であるということです。



素材や味わいの違いという程度で、それはたいした違いではないと私どもは考えています。



しかし、水をはじいたりシワを無くしたり…それも意図的に加工という形で成すことに関しては、意見の対立がありました。

そこで、会員の皆様に下駄をあずけた形で呈示したのが、“高機能作務衣”だったのです。



結果は、これが大好評。「高機能だから買う気になった」などの声が殺到したのです。



なるほど作務衣が奇抜なものでなくなり、洋服などと同じ次元で捉えられるようになったのなら、高機能加工は特別なことではありません。これもまた、今日に生きる作務衣なのです。
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